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東京地方裁判所 昭和29年(行)45号 判決

原告 大藤小一

被告 郵政大臣

主文

原告の懲戒処分取消請求を棄却する。

原告の金員支払請求の訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、請求の趣旨

被告が昭和二十九年二月二十日原告に対してなした停職三日の懲戒処分を取消す。

被告は原告に対し金三千三百六円ならびに、これに対する昭和二十九年三月一日以降右金員完済に至るまで年五分の割合による金員を支払わなければならない。

との判決を求める。

第二、請求の原因

一、原告は郵政事務官として広島県広島市広島駅前郵便局(以下単に駅前局と称する。)に勤務中のものであるが、被告は原告に対し昭和二十九年二月二十日停職三日の懲戒処分に付し、右停職期間中の給与金三千三百六円の支払をしない。

二、しかしながら右の懲戒処分は、原告が要旨後記のような文言を記載した文書(以下単に本件文書と称する)を昭和二十八年十一月二十五日広島市民の間に配付した行為が「郵便料金を支払わないものを郵便外務員に命じて配付したもので郵便料金を免れる行為に該当する」ものとして原告を懲戒処分に付するというのであるが、

1  右の原告の行為は懲戒に値すべきものではないからこれを理由とする懲戒処分は違法である。

2  原告が本件文書を広島市民に配付したのは次の事情によつてなされたものであつて正当な組合活動である。これを理由として懲戒処分に付することは労働組合法第七条第一号に違反し違法のものである。即ち原告は郵政省従業員をもつて組織する全逓信従業員組合(以下単に組合と称する。)の組合員としてその広島駅前郵便局支部(以下単に支部と称する。)に所属するものである。ところが昭和二十八年十一月組合と郵政省との間には公共企業体等仲裁委員会の賃金値上に関する仲裁裁定(昭和二十八年八月以降一万四千二百円ベースとする趣旨)の実施をめぐり紛争が継続していたが、組合は右紛争継続により郵便事務の処理が遅れ一般公衆に不測の損害が及ばないようにし、かつ組合の右仲裁裁定実施の要求が正当であることを一般市民に訴える趣旨の組合活動を行うべきことをその所属組合員に通達してきた。そこで支部においてもその通達に従い、支部組合員全員協議の上駅前局区内の郵便大口利用者に対し、「組合はかねてより一万八千五百円ベースの賃上げを要求してきたが、仲裁委員会は『予算上から見ても二十八年八月より一万四千二百円が妥当である』と裁定したが、政府はこれをも無視しているので組合はやむなく法律によつて許された斗争をする。そのため十一月二十七日以降郵便事務がおくれるがその責任は政府にある。」という要旨の文言を記載した本件文書を配布したのであつて正当な組合活動である。

3  組合員は国家公務員法、公共企業体等労働関係法により労働者としての団結権、団体交渉権、争議権につき多くの制約を受けており、その不利益を多少とも補う趣旨から仲裁裁定の制度が設けられているもので、その裁定を一方で無視しながら他方その裁定実施を要求する組合員に対し本件懲戒処分に出ることは懲戒権の濫用であつて違法である。

よつて以上いずれの理由によるも本件懲戒処分は不適法として取消さるべきものであるから、これが取消を求めるとともに本件懲戒処分が適法有効であることを前提として支払のなされていない右停職期間中の給与及びこれに対する昭和二十九年二月一日から右完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三、本案前の答弁

金員支払請求の訴を却下する。

との判決を求める。

その理由は、原告は本件懲戒処分による停職期間中の給与に相当する額の文払を求めているのであるが、かかる訴は権利義務の主体たる国を被告として提起すべきものであつて処分庁たる行政官庁を被告として提起すべきものではない。しかるに本件は行政官庁たる郵政大臣を被告として訴を提起しており、不適法として却下すべきものである。

第四、本案に対する答弁の趣旨

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

第五、請求原因に対する答弁

一、請求原因一、の事実を認める。

二、請求原因二、前段及び1の事実を争う。本件懲戒処分は次の理由によるものであつて、郵便料金免脱の行為にのみ限定しているのではない。即ち原告に交付した処分理由書に記載したように、原告は駅前局郵便課外務主事として勤務中昭和二十八年十一月二十五日自己の地位を利用して他人の請託を容れ本件文書少くとも三十枚以上を成規の手続によらないで郵便により配達するに至らせたものであるが、これは国家公務員法第八十二条各号の懲戒事由に該当するものであるとして懲戒処分に付したのであつて、さらに詳述すれば、

1  本件文書は郵管第二四五号通達により不用品として往信部と返信部とを切離し消印された往復はがきで郵便規則第十八条にいう料額印面の汚染された郵便はがきであるから、したがつて同条によりさらに郵便法で定める料金に相当する切手即ち五円切手の貼付がなければ差出すことのできないに拘らず駅前局郵便課外務主事として郵便の業務(職務内容後記のとおり)に従事している原告が右切手の貼付のないことを知りながらこれを配達させたのであつて、これは郵便法第八十三条第二項に違反するものであり、このような行為は国家公務員法第九十八条第一項に違反しその職務を遂行するについて法令に従わなかつたものであるから、同法第八十二条第一号に該当する。

2  右郵便法違反の行為はまた官職全体の不名誉となるような行為をしたことゝもなり、国家公務員法第九十九条後段に違反するものであつて、かような行為は同法第八十二条第三号に該当する。

3  原告は昭和二十八年十一月二十五日午前七時前駅前局に出勤し同局の道順組立室中の郵便物区分棚の前面で書留郵便物を区分していた際、同七時半頃訴外田中義一の依頼を受けて二円往復葉書の往信部と返信部の切離され消印済のもの約百枚(以下本件用紙と称する)を受取り(これにはすでにその裏面に原告主張の要旨の文言を記載されてあつたのであるが)これを配達させるためそのうち八十数枚の表に駅前局区内の郵便大口利用者の住所氏名を自ら記載し、又十数枚に部下である松本真三をして同様記載させそのうち本件文書三十枚余を成規の手続によらないで同局内市内道順組立台の上に置いて配達するに至らせたのであるが、右用紙は郵管第二四五号(昭和二十七年三月二十七日)通達及び広島郵政局経理部長及び資材部長より広島郵政局管内各部局課長宛通達によれば郵便葉書として再使用することを禁ぜられていたものであつて、原告はこれを知りながら敢て自らこれを使用したばかりでなく部下である松本真三に右の行為をさせたのは国家公務員法第八十八条第一項に違反し上司の職務上の命令に忠実に従わなかつたものである。即ち原告は昭和二十五年二月一日公達第五号郵便局組織規程第二十四条第二項に定める主事として「上司を助け従業員を指揮する」職責を有し、広島郵政局昭和二十七年九月二十五日郵文局第九九九号通達をもつて定めた「法令規則細則を部下職員に解説し法規通達類を研究してそれを部下職員に指導周知し、誤区分、消印洩れ及び脱落切手の有無を点検しその状況を監査しなければならない」職務権限を有しているのであつて、以上の公達及び通達はいずれも原告に対する上司の職務上の命令であるから、敢てこれに従わず前記の行為に出たのは国家公務員法第九十八条第一項に違反するもので、かような行為は同法第八十二条第二号に該当する。

4  原告は田中義一より本件用紙を受領した直後、部下である松本真三とともに部下である配達担当者らに命じて、駅前局内の郵便利用度の高い郵便大口利用者の住所氏名を記載したメモを提出させ、そのメモに基づき同日午前九時前後から同十時半頃までの間に右のうち約八十枚につきその表面に名宛人として区内の郵便大口利用者の住所氏名を自ら記載し、松本真三に同様記載させた十数枚合計約百枚のうち本件文書たる三十枚以上のものを配達させる目的のために道順組立台の上に置いたりしたのであるが、これは右のようにいずれも原告の勤務時間中に行われたものであるから、国家公務員法第百一条第一項に違反し職務専念義務を尽さなかつたものであつて同法第八十二条第一号に該当する。

以上の理由をもつて本件懲戒処分に付したものである。

三、請求原因二の2の事実中組合が所属組合員に対して原告主張のような通達をしてきたこと不知であるが、その余の事実は認める。しかしながら原告の前記の行為が原告主張のような事情のもとになされたとしても、労働組合の正当な行為とは言えないから、本件懲戒処分は不当労働行為となるものではない。

四、請求原因の二の3に対して権限の濫用であるとの原告の主張は争う。

第六、懲戒法令の適用に関する原告の主張

一、国家公務員法第九十八条第一項前段同法第八十二条第一号について。

原告が被告主張の官職を有するものであることは争わないが、被告主張の原告の行為は郵便法第八十三条第二項に違反するものではない。何となれば、本件文書はビラであつて郵便物ではない。また郵便法第八十三条第二項規定の犯罪は、その行為者又は不法の利益を受けるものが郵便料金支払義務を負担し、かつその支払義務の認識あることを成立の要件とし郵便料金支払義務は、その文書が郵便利用関係に入ることによつて発生するのであるが、この郵便利用関係は利用者と郵便官署との私契約で、その契約は利用者の郵送申込行為と郵便官署との承諾によつて成立するのである。しかして郵便官署は郵便箱又は窓口の設置により郵便契約締結の意思表示を不特定多数人に対してなしているから通常郵便物についていえばその申込は郵便箱又は郵便局の窓口に差出すことによつてなされる。したがつてこの差出行為がなければ郵便利用関係には入らない。ところが本件においてはこの差出行為がなかつたのである。尤も原告によつて本件文書は直ちに道順組立台の上におかれたのであるが原告においては単に道順組立台で業務を行う集配人に郵便物としての取扱以外のこと即ち業務外の私事を依頼したに過ぎないのであつて差出行為に代える目的でなされたのではないから、郵便利用関係に入つたものであるとは言えない。故に駅前支部は郵便料金支払義務を負担していない。また原告の行為は組合支部の決定に基き組合員による配布行為として集配人に依頼したものであつて料金免脱の責任を生ずるいわれがない。したがつてまた原告において郵便料金を免脱する意思もなく、料金支払義務の存することの認識もないのであるから、この点においても郵便法第八十三条第二項に違反するものではない。故に原告がその職務遂行において法令違反の責任を問われるべき理由がない。

二、国家公務員法第九十九条、同法第八十二条第三号について、

原告には右のとおり郵便法違反の事実はないから、官職全体の不名誉となるような行為をしたことゝもならないし、国家公務員法第八十二条第三号に該当しない。

三、国家公務員法第九十八条第一項後段同法第八十二条第二号について、

被告は本件物件を使用目的外に使用したことの責任を追究したものであると主張しているけれども、右の点は本件懲戒処分の処分理由書中に記載されていないものであるから本件訴においてこの点の主張をなすことは許されない。蓋し処分理由書を交付すべきものとしている国家公務員法の立法趣旨はその身分保障制度に由来するものであり、原告がその処分の不当を攻撃するには右の理由書の範囲をもつて必要かつ十分としたからである。

また国家公務員法第九十八条第一項後段に所謂上司の職務上の命令に違反するとは法令規則などで定められた一般的秩序に違反することを指称するものではなく、個々の具体的処分につき上司の命令に反抗することをいうのであつて、原告にはこれに該当するような行為はない。したがつて同法第八十二条第一号にも該当しない。

故に本件につき右法条を適用することはできない。

四、国家公務員法第百一条第一項同法第八十二条第一号について国家公務員法第百一条第一項の職務専念義務違反は勤務時間中業務外の余事をなすことにより正常な業務が目に見える程度に阻害された場合でなければならないが、原告の行為によつてこのような事態は起つていない。しかもこの業務外の余事が組合活動でなかつたならば懲戒の事由となされることはないであろう。

第七、法令の適用に関する原告主張に対する被告の反駁

一、本件文書はビラではなく郵便物である。何となれば本件文書は特定人である駅前支部の意思を同局区内に居住する市民の特定の者に配達させる目的で、しかも多数不特定のものに対し配布する目的で作成されたものではないからビラに該当しない。

郵便利用関係が私法上の双務契約関係にあり郵便物一般についての契約は利用者の申込行為と郵便官署の承諾即ち両当事者間の合意によつて成立すること、並びに普通取扱の通常郵便物については郵便規則第六十四条第一項所定の除外事由該当の場合を除き、これを郵便差出箱又は郵便局の窓口に差出すことにより契約が成立するものであることについては異論がないが、郵便法第八十三条第二項の規定は右の差出行為によつてはじめて生ずるような具体的現実的郵便料金支払義務の存在を前提とするものではない。右の規定に該当するには郵便の業務を行う者が不法に郵便に関する料金を免れ、又は他人に免れさせる行為があれば十分である。原告らは郵便法第十八条第一項前段の規定に従つてあらたに料金相当額切手を貼付してこれを差出さねばならないのに、その挙に出でないで却つてこれを道順組立台の上におき、配達担当者の不知に乗じたり又は発見された場合においても特別の理由からしてこれを配達するであろうことを期待してついにその目的を達したのであるから、郵便法第八十三条第二項に違反する。仮りに原告らの意図が業務外の私事を配達担当者らに依頼するにあつたとしても、配達担当者らは正規の配達組織活動を通ずる限りにおいて本件文書を法定の郵便物以外のものであるとしてこれを取扱う権限を有しないのであるから、郵便局側としてはかゝる文書は第二種郵便物として原告らの意図を離れ客観的な立場からこれを取扱わなければならない。原告は本件文書を私事として配達担当者らに依頼する場合には法定の切手を貼付する必要がないと考えていたと主張するけれども、被告は右の主張事実を否認する。原告は多年郵便業務に従事してきた豊富な経験の持主であるからである。仮りに右の事実が認められぬとしても右は所謂刑罰法令に関する錯誤であつて、原告に郵便料金を免れさせる意思がないとは言えない。

更に原告は原告の本件文書配付行為は支部の決定に基き組合員による配布行為として集配員に依頼して配布したのであると主張するけれども、支部においては本件用紙を使用することをついては何らの決議をしていないのであるから、原告は料金免脱の責任を免れるものではない。仮りに本件用紙を使用することにつき決議があつたとしてもこの決議に基づく実行方法が刑罰法令に触れるときはその実行をしたものは免責されない。

二、職務専念義務違反を理由として問責するには、一般的には当該行為によつて正常の業務運営が特に目に見える程度に阻害されない限り行政上の処分をなさないのを通常とするが、本件行為のように郵便料金免脱事犯の予備行為とも言うべき行為に対しては、右の程度に至らない場合であつてもこれを問責する必要のあることは当然であつて、組合活動の一部であることの故に放任さるべきものではない。

第八、証拠関係〈省略〉

理由

第一、懲戒処分の取消の訴について。

一、原告は郵政事務官として広島県広島市広島駅前郵便局に勤務中のところ、被告が原告に対し昭和二十九年二月二十日停職三日の懲戒処分に付したことは当事者間に争いない事実である。

二、弁論の全趣旨によれば、右の懲戒処分は原告が昭和二十八年十一月二十五日駅前局郵便課外務主事として勤務中自己の地位を利用して他人の請託を容れ、郵管第二四五号通達により不用品として往信部と返信部とを切離し消印の処理をされていた往復はがきを、成規の手続によらないで郵便により少くとも三十枚以上を配達するに至らせたという理由でなされたものであることが認められる。

三、そこで右の処分の理由となつた事実の存否について考えるに、成立に争いない乙第十六号証署名押印部分の成立につき争なくかつ証人後藤八郎の証言(第二回)によつてその余の部分についても成立の認められる乙第十七ないし第十九号証と証人松本真三、同篠田シズエ、同汲地キクエ、同太田正雄、同後藤八郎(第一、二回)の各証言及び原告本人の供述(第一回)を綜合すれば、原告は昭和二十八年十一月二十五日午前七時前駅前局に出勤し、同七時半頃訴外田中義一より前記不用品として往信部と返信部と切離された往復はがきに、全逓広島駅前郵便局支部支部長田中義一名義の「休暇戦術を実施するについての訴え」と題し政府が仲裁委員会の裁定を無視する態度に出ておるので休暇戦術を実施するが、これによつて郵便の配達が遅れたり止つたりする事態が生じても、政府の責任である旨を印刷したものを渡されたので、原告は自分の部下である訴外松本真三(郵便課外務主任)と共に部下である配達担当者らに命じて駅前局区内の郵便の利用度の高い大口利用者の住所氏名を記載したメモを提出させ、右メモに基づき原告は同日午前九時半頃から同十時十分頃までの間に田中より渡された右のはがきのうち八十枚ばかりの表に自ら区内の郵便の大口利用者の住所宛名を記載し、残り十枚ばかりは松本真三に同様記載させた上、原告はこれを道順組立台の上において配達担当者らに配達するに至らせた事実を認めることができる。

四、そこでこのような事由が被告主張の懲戒事由に該当するかどうかについて判断する。

1  被告は原告の右の行為は郵便法第八十三条第二項に該当し、したがつて、国家公務員法第九十八条第一項に反し、同法第八十二条第一号に該当し懲戒処分を免れない旨を主張する。

(一) そこでまず右の行為が郵便法第八十三条第二項に該当するかどうかを考えなければならない。郵便法第八十三条第二項は郵便の業務に従事する者が、不法に郵便に関する料金を免かれ、又は他人にこれを免かれさせたときは、通常人に比し特に重く処罰する旨を規定している。そこで原告の右の行為が同条にいう不法に郵便に関する料金を免かれさせる行為であるかどうかゞ問題になる。

前記認定の事実によれば、前記印刷物は全逓組合の駅前支部が特定の駅前局区内郵便物大口利用者に対して組合が休暇戦術を実施するための諒解と協力を求める旨の通信文であつて、原告はこれにそれぞれ表記特定名宛人に対し、その名宛人をして右文書が成規の郵便配達組織を通じ一般郵便物と共に配達せられたものとして受領させる意図のもとに郵便配達組織を利用して配達させるため駅前局市内道順組立台の上において、これを配達させたものと認めるのが相当である。しかも右印刷物はさきに認定したとおり二円の往復はがきの往信部と返信部とを切離されたものであるから切手が二円で、消印が施されている点を除いては郵便はがきの規格と様式を備えているものであつて、後に述べるように五円の切手をはれば、郵便はがきとして通用しうるものであり、現に本件が問題となつたきつかけは、配達を受けた者から「組合へ出すはがきは二円の切手でもよいか」との抗議が出たことによるのであつて、その他の点では通常のはがきと異るところのないことは成立に争のない乙第三号証の一、二、乙第四乃至第十三号証及び証人後藤八郎の証言によつて認めることができるから、右は第二種郵便物として差出されたものと一応認めなければならない。原告はこれをビラであると主張するけれども、不特定多数人に対して配付する目的で作られ配布されるものでなく、特定の名宛人を記載し、その名宛人に対し、右のような内容形式の文書を郵便配達組織によつて通常郵便と共に配達した以上、これをビラの配布であるとは言えない。原告は更に、右印刷物を郵便配達組織を通ずる意図はなかつたと主張するけれども、右に述べたような名宛人に対して成規の郵便配達組織を通じ一般郵便物と共に配達せられたものとして受領させる意図であつた以上、原告が集配担当者らに対して業務外の私事として依頼したものであり、集配担当者らもその意を受けて業務外の私事を行う意図のもとに右文書を配布したものであるとしても、これらの事情は右の文書の配達を郵便物の配達であると判断することの妨げとなるものではない。

本件のはがきは右のように郵便法第二十二条にいう第二種通常郵便物としての郵便はがきと解しなければならないが、前記のとおり料額印面が消印されたものであるから郵便規則第十八条にいう料額印面の汚染されたものに該当するから、郵便法に定める別段の場合に該当しない本件にあつては、郵便法第二十二条郵便規則第十八条により所定の切手を貼付することにより郵便料金を納付しなければならない。しかるに原告は郵便切手を貼付しないで配達させたのであるから、これがため支部は郵便料金を免かれたものであると言わなければならない。原告は右の文書の配達に当つては、差出行為がないから、郵便利用関係にはいつたものではなく、したがつて郵便料金支払義務を負担していないと主張する。しかし原告が郵便配達組織を利用して、一般郵便物と共に配達させるため、成規の道順組立台の上において配達させた以上、郵便利用関係にはいつたものというに妨げなく、切手を貼付せずに配達させたことは郵便料金を免かれさせたものといわなければならない。原告はまた本件の集配担当者らは自己の属する組合のために組合員として業務外の私事を取扱つたに過ぎないから郵便配達組織を利用したことにはならないから、支部は郵便料金支払義務を負担しないと主張するけれども、このように切手の貼付のない点を除いて、他は郵便はがきと同様の規格と様式を備えた文書を、名宛人を書き、成規の郵便配達組織を通じて配達した以上、かりに集配担当者が原告主張のような意図のもとに配達したとしても、これがため郵便関係を利用した者でないとして、郵便料金の支払を免れ得べき理由はないから、この点の原告の主張も採用できない。

郵便法第八十三条第一、二項は責任条件として故意を要するものであるところ、成立に争いない乙第十六号証証人後藤八郎の証言を綜合すれば、原告は右文書を郵便配達組織を利用して配布するにあたり所定の印紙の貼付を要することを認識していたことを認めることができるから原告は前記のように支部をして料金を免れさせるにつき故意があつたものといわねばならぬ。

しかして原告は駅前局郵便課外務主事として前記のとおり郵便に関する業務に従事するものであることは当事者間に争いないのであるから、原告の前記行為は郵便法第八十三条第二項に該当し、その責を免れない。

(二) そこで次に右の行為が国家公務員法第九十八条第一項に違反するかどうかを考えなければならない。

国家公務員法第九十八条第一項の「職員はその職務を遂行するについて法令に従い且つ上司の職務上の命令に忠実に従わなければならない」旨規定する。そもそも郵便法第八十三条第二項が郵便の業務に従事する者が不法に他人に郵便に関する料金を免れさせたときは処罰する旨を規定していることは、同法が郵便の業務に従事する者に、このような行為を禁じているものと解すべく、したがつてこれに違反することは、国家公務員法第九十八条第一項にいう職務を遂行するについて、法令に従わなかつたものというべきである。しかるに弁論の全趣旨によれば原告は郵政事務官駅前局外務主事として広島郵政局昭和二十七年九月二十七日通達郵文局第九九九号により定められた誤区分消印洩れ及び脱落切手の有無を点検しその状況を監査しなければならない職務権限を有していたことが認められ、さらに前記認定の事実によると、原告は右の職務を遂行することについて右のように法令に違反し不法に組合支部に郵便料金に関する料金を免れさせたものといわねばならないから、原告の右の行為は国家公務員法第九十八条第一項に違反するものである。

よつて原告の右行為は同法第八十二条第一号に該当する。

2  原告の右の行為はまた被告主張のとおり、国家公務員法第八二条第三号にいう「国民全体の奉仕者たるにふさわしくない非行のあつた場合」にも当るものと言わなければならない。

3  次に国家公務員法第九十八条第一項後段に違反し同法第八十二条第二号に該当するかどうかを考えよう。成立に争いない乙第二十二号証第二十三号証を綜合すると前記往復はがきはさきに郵政省当局によつて不用品として料額印面を消印したものであつて、管内各局における郵便職員技能検定試験用及び郵便競技会用擬信紙に使用せられかなり自由に使用されてはいたが、国の所有に属し郵便はがきとして再使用することはもとより、組合のために使用することももとより許されていなかつたことが認められる。しかも弁論の全趣旨によれば、広島郵政局管内郵便課外務主事は昭和二十五年二月一日公達第五号郵便局組織規程第二十四条第二項に定める上司を助け従業員を指揮する権限を有するとともに、前記のとおり広島郵政局昭和二十七年九月二十七日郵文局第九九九号通達をもつて定めた法令規則細則を部下職員に解説し、法規通達類を研究してこれを部下職員に指導周知し、誤区分、消印洩れ及び脱落切手の有無を点検しその状況を監査しなければならない職務権限をも有しているものであるが、右の通達及び公達は同時に右のような職務を果すべきことを郵便課外務主事に命じた職務上の命令と解するのが相当である。ところが原告は郵便課外務主事でありながら、右のはがきは前記通達によつて再使用を禁止せられていることを知りながら、敢て自らこれを再使用の為に宛名を記載しまたは部下職員である松本真三に記載させ、これを名宛人に配達させたことは、上司を助け従業員を指揮し法規通達類を研究しこれを部下職員に指導周知する職責を果さなかつたもので、このことは国家公務員法第九十八条第一項後段の「上司の職務上の命令に忠実に従わなければならない義務に違反」するものであつて同法第八十二条第二号の「職務上の義務に違反し又は職務を怠つた場合」に該当する。

原告は本件用紙を使用した点は処分理由書に記載されていない事由であるから、本件訴において主張することは許されないというけれども、懲戒処分取消の訴において処分理由書に記載されていない事由でも懲戒処分の事由として主張することを許さないとする理由はない。この点に関する原告の主張も採用できない。

4  次に国家公務員法第百一条第一項に違反し同法第八十二条第一号に該当するかどうかを考えよう。

国家公務員法第百一条は、職員はその勤務時間及び職務上の注意力のすべてをその職責遂行のために用い、政府がなすべき責を有する職務にのみ従事しなければならない旨規定するところが前記原告の行為は、いずれも業務外の行為であつて原告の勤務時間中に行われたものであるから一応右にいう職務専念義務を尽さなかつたと言える。しかしながら職務専念義務違反の故に国家公務員法第八十二条第一号に該当するものとして懲戒処分をするには、右の職務専念義務に違反することにより正常な業務の運営に少くともある程度の阻害をきたす場合であることを要するものと解するのが相当であるが本件の場合には、正常な業務の運営に阻害をきたしたことを認めるべき証拠がないから、このことだけをとらえて国家公務員法第八十二条第一号にいう「法律に違反した場合」に当るものとして懲戒処分するに当らない。

五、次に本件懲戒処分は不当労働行為であるかどうかについて考える。

原告は本件の解雇は正当な組合活動の故になされたもので、違法であると主張する。もとよりそのような内容の印刷物を成規の配達組織を通じないで配布し、又は成規の切手を貼用して、郵便物として配布することは、もとより正当な組合活動であつて、違法ではなく、原告ももとより組合活動の一環としてする意思をもつてなしたものであることは前段の事情より覆えるのであるが本件懲戒処分は前記のとおり違法な手段によつてなされたものであつて、かような行為はたとい労働組合のためになされた行為であるとしても到底正当な行為ということはできないから、本件懲戒処分が労働組合法第七条第一号に違反することとはならない。

六、さらに本件懲戒処分は権限の濫用であるかどうかについて検討する

原告は国が公共企業体等労働関係法に基く仲裁委員会の仲裁裁定の実施をなさず、組合員がこの実施を要求し、その貫徹を期するためなした行為を懲戒の対象とするもので、懲戒権の濫用であると主張するけれども、これがために、原告の右のように郵便料金を免かれしめる行為を正当とすることのできないことはいうまでもないから、これを懲戒権の濫用であるとはいえない。

七、以上説明したように原告の行為は国家公務員法第八十二条第一号ないし第三号に該当するものであるところ、右に該当する原告の行為をもつて同条本文の停職の処分に値するものとし停職三日の処分に付しても重きに失することはないから、原告を停職三日の懲戒処分に付したことは違法ではない。しかして他に右処分を違法ならしむべき瑕疵を認めるべき資料はないから本件懲戒処分は適法であつて、これが取消を求むる原告の請求は失当である。

第二、金員支払請求の訴について

原告は右の懲戒処分が取消さるべきものであるとして右停職期間中の給与の支払を求めるが、かような訴は権利義務の主体である国を被告とすべく、行政官庁たる郵政大臣を被告として提起された本訴は不適法である。

第三、よつて原告の懲戒処分取消請求を棄却し、金員支払請求の訴は却下し訴訟費用の点については民事訴訟法第八十九条を適用し主文の通り判決する。

(裁判官 千種達夫 綿引末男 高橋正憲)

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